手挽きコーヒーミルに憧れ、かっぱ橋へ
居心地のよい時間、それは、自分で挽いた珈琲でひと息つく瞬間。
お気に入りのコーヒーカップでティータイム。
そんな優雅なひとときにあこがれて、珈琲を挽く器具を買いました。きっかけは大学時代、友達の家に遊びに行ったときのこと。みんなで鍋をつついているあいだに豆から挽いてもらった一杯は、ふだんカフェで飲むそれよりも立体的な香りで、濃厚な苦味がありました。
なにより『コーヒーミル』と呼ばれる器具の趣に惹かれました。アンティークの調度品を思わせ、古びたレコードプレーヤーのある部屋に訪れたような高揚感。ちなみに行ったことはありません。
その数年後、コロナ禍でステイホームを強いられることになりました。部屋と身体が一体化するんじゃないかってくらい家に居すぎた、あのころです。ふと「アレみたいなやつが欲しい」と思い立ち、全日本カタチから入る協会会長の私は、浅草からほど近くの『かっぱ橋道具街』へと向かいました。

『かっぱ橋道具街』には料理関連のあらゆる道具が揃っていました。食器だけでも和洋たくさんの種類があります。飲食店で使われているような本格的な調理器具のお店も!大通りに店舗がずらっと並び、その数は約170にもなるそうです。
いくつかの店を探し回って、やっと見つけることができました。

そうそう、あのときのコーヒーミルも、こんな感じだった!
家に帰って早速、ほくほくした気持ちで眺めました。《メリタ》というドイツ発祥のメーカーのもので、クラシカルなロゴに、深みのある木目調のボディがおしゃれ。
手動で回す大きなレバーが目につきます。挽いた粉の受け口として引き出しがあり、開けると木の小箱が出てきます。このアナログすぎる感じがたまりません。
ひと手間かけた一杯の味は…?
そして週が明け、このミルを使ってみることにしました。集中力がちょっと途切れてまどろみかけてくる午後、誰の目も気にせず、ゆったりと珈琲を飲みながら仕事する。これぞ在宅勤務の醍醐味。有閑リモートマダム生活の始まりです。
ということで、昼食もそこそこに作業開始。まず、上部の鉢になっている部分に、豆を流し込みます。この時点で、いい香りが漂っています。レバーを握って時計回りに回すと、豆がゴリゴリ砕けていく手応えがあります。何回か回してみて、下の引き出しをちょっと覗いてみると、砕けた粉が少しだけ溜まっていました。
おぉ〜!いい感じ!・・・た、たぶん。
ただ、思ってたよりも、まだまだ時間がかかりそう。
ふたたび何回か回していきます。そしてまた確認。これを繰り返す。手がちょっと疲れてきました。本体をしっかり抑えないと、ぐらついて豆が飛び散ってしまうことがわかり、反対の手にも力が入ります。座りながらだと力が入りにくく、立った状態で上から押さえつけて支えながら回すことにしました。
ゴリ ゴリ ゴリ
(えっと、)
ゴリ ゴリ ゴリ
(あの、なんか、)
ゴリ ゴリ ゴリ
(思ってたのと、ぜんぜんちがうんですけど…)
手動の鉛筆削り器を回している気分。豆とともに貴重な昼休憩の時間も削られていきます。13時には業務に戻らねばならない、あぁ、もっと暇なときにやるんだったな。これはもはや、労働です。
「いや普通にコンビニで買ってきたほうが早いのでは…」と思われそうです。でも、そういうことではないのです。無心でゴリゴリやりつづけながら、あらかじめ入手した『最新版 珈琲完全バイブル』なる本の教えを脳内再生。カタチから入る協会、こういうところだけは抜かりありません。
市販の珈琲豆には、豆の状態のものと、挽いて粉にしたものがあります。粉のほうが手軽ですが、空気に触れる表面積が広いため、香りが飛びやすく酸化速度も速くなります。コーヒー本来の味を楽しむためには、豆で買って淹れる直前に挽くのがベストです。(丸山健太郎、ナツメ社、2021年)
己が今やっていることの意義をかみしめたところで、下の受け口に、挽いた粉がひととおり溜まりました。これで完了・・・であるはずがなく、抽出(ドリップ)の作業が残っています。
コーヒードリップというと紙のフィルターを使うイメージがありましたが、世の中にはいろいろな種類の器具があると知りました。きっかけは近所の喫茶店でいただいた珈琲。口当たりに丸みがあってまろやかで、ちょっとした衝撃を受けました。店主の方によると、ペーパーフィルターではなく布を使用する《ネルドリップ》という方法で抽出しているとのことでした。

コクの正体は、珈琲豆に含まれている油分。ペーパーフィルターはその油分が吸い取られ、スッキリした飲み心地になるとのこと。一方で、ほどよく油分を残して淹れる方法のひとつが《ネルドリップ》。ですが、ネル(布)は洗剤で洗うこともできず、お手入れがちょっと大変そう。
いろいろ調べてみた結果《フレンチプレス》という器具にたどりつきました。こちらも珈琲のコクをほどよく残しつつ抽出できるようです。1〜2人分の量を淹れることができるサイズを購入。蓋についているスティックの先に、金属のフィルターが取り付けられています。

まずはガラスのポットに、先ほど挽いた粉とお湯を投入し、蓋をして4分蒸らします。そのあと、蓋をぐーっと下げて金属のフィルターで濾し、カップに注いでできあがり。

やっと珈琲を飲める段階に辿り着きました。ここまで20分くらいでしょうか。さすがに達成感があります!
ああ、ひと仕事のあとの一杯は旨い!感想が完全にビールです。優雅な有閑リモートマダムにはほど遠いけれど、これはこれでよしとしよう。珈琲豆よろしく身を粉にして淹れた一杯は、こっくりと愛おしい。頑張った甲斐のある味でした。
ちなみに今、そのコーヒーミルは、キッチン棚の右奥に、袋の被さった状態でしまわれています。埃が入ってしまうので出しておけず、インテリアにすらなれていないのでした。こんな人がきっと日本全国にいるはずです。「おうち時間」の響きにつられて買った、あの日のホットサンドメーカー、ハンドミキサー、ブンブンチョッパー(?)、息してますか。
でもこういうのって、ときどき思い出してやるのが、楽しいんだよね。
この記事を書いた人

葉山あも
短歌をつくるひと|コピーライター。日夜ことばを軸としたアイデアを温めています。あたらしくてあたたかいものが好き。古民家カフェとツンデレに弱い。

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