「警備員」という、僕らの生活に根づいた仕事
警備員さんと仲良くなるのが得意だ。
僕は数多くの警備員さんと仲良くさせていただいてきた。仲良くなったきっかけは様々だが……たいてい、顔なじみになり、そしてどちらからともなく話しかけ……という流れだった気がする。恋の始まりみたい(笑)
目を閉じれば、様々な「警備員」の顔が思い浮かぶ。警備員って、僕らの生活にとって身近な仕事だと思う。例えば、近所の大型スーパー。駐輪場の前にはいつも警備員の姿が。彼らがそこに立つ理由はただひとつ。その場所の安全を守るため。スーパーだけではない。ショッピングモールや図書館、野球場……ありとあらゆる所に警備員はいる。街を歩けば、かなりの高確率で遭遇すると思う。
だけど、彼らがヒーローのように崇められることは稀だ。むしろ、警備員が立つ場所には人はあまりいない。いないというより、避けられてしまう。無理もない。彼らの仕事は「警備」。仕事を真面目にしようとすればするほど、誰かを咎めたり止めたりすることになってしまう。僕も、警備員さんに怒られてしまったことは何度かある。
それでも、僕は警備員という仕事に就く方を尊敬する。人々の暮らしを守る、素晴らしい仕事だ。そして、彼らは人をよく見ている。案外、人を好きな人が、警備員という仕事を選ぶのかもしれない。
このエッセイでは、僕が仲良くなった警備員さんの中から、お2人をご紹介したいと思う。
「挨拶の大切さ」に気づかせてくれた警備員さん
2010年。高校3年生だった僕は、毎日予備校に通っていた。当時志望していたのは早稲田大学。手が届かないようで本当に届いていなかった。でも、あの時の僕は必死だった。焦っていた。部活も中途半端。行事も中途半端。学校生活に爪痕を残して卒業したい。そうだ、早稲田だ。早稲田に受かって、合格実績に華を添えよう。爪をガリリと立てて去ろう。当時は本気でそう思い、日夜勉強に励んでいた。

早稲田に受かるためなら何でもした。礼儀正しい男を早稲田は好む…と勝手に思っていた僕は、挨拶をこまめにした。予備校の受付スタッフ、担当のチューターさん、講師の先生方、掃除のおばさん……そして、警備員の皆さん。
警備員さん達は日替わりで入り口に立っていた。大体、2日間ずつのローテーションで替わっていた。眼鏡をかけた優しそうな方。背が高く白髪で目つきが険しい方。丸々と太っていてお人形さんのように動かない方。多種多様だった。彼らは、生徒が入り口を通るたびに、1人1人丁寧に挨拶していた。でも、挨拶を返す生徒は、5人に1人くらい。僕の挨拶に拍車がかかった。礼儀正しい奴を神様が見捨てるはずはない。そう思い、挨拶に勤しんだ。今思うと、勉強しにきてるんだか挨拶しにきてるんだかわからない状況だった。
そんな僕の「よこしまな」挨拶を心地よく感じてくれたのだろう。警備員の方々は、僕に対していつも笑顔を向けてくれていた。もちろん、僕以外の生徒にも同様の対応をしていたはずだ。でも、心なしか、僕への笑顔には真心がこもっていた。2割り増しくらいの、とっておきの笑顔。そして、挨拶をすることで気分が良くなっている自分に気がついた。そうだ。挨拶って気持ちいいんだ。僕は大切なものを思い出した。
当時、僕はマンションに住んでいた。「他の人とすれ違ったら挨拶するんだぞ」……父親に言われたことを律儀に守っていた。エレベーターや外廊下で、僕は様々な人に会釈していた。たいていの人は挨拶を返してくれる。そこから出来た繋がりもあった。でも、挨拶を返してくれない人もいた。僕は大いに傷ついた。無視されたと思った。挨拶なんて、するだけ損だ。いじけた僕は挨拶をしなくなった。エントランスで誰かとすれ違っても、伏し目がちにその横を通り抜けた。何となく、気分が落ち込んだ。
だから、当時予備校に通わせてもらったことは、学力以上の大切な何かにつながったのだ。僕の挨拶から「よこしまさ」は消えた。受験前最後の模試でE判定が出た日。過去問で思うように点数を取れなかった日々。朝から自習室に来たのに、何も出来ず、母の作った弁当を食べて帰った日曜日。僕は欠かさず挨拶した。警備員の方々も、挨拶をしてくれた。
3月になった。僕は久しぶりに、予備校の門をくぐった。そこにいたのは、背が高く白髪で目つきが険しい方。声をかけようか迷った。でも、心を抑えることはできても、身体を抑えることはできなかった。僕の足は勝手に進んでいた。近づいてくる僕を見て、険しい目つきが緩んだ。
「おめでとう」
警備員さんは知っていた。
「あなたの写真を見つけてねぇ……すごく嬉しかったよ」
きっと、廊下に貼り出された合格者一覧を見たのだろう。メッセージ欄に、えらそうに合格必勝法を長々と書いた記憶がある。恥ずかしい。
「ありがとうございます……でも、寂しくなります」
「そうかい。あなたなら、きっと大丈夫。あの文章を読んで、あぁ、やっぱり、骨がある子だと思った」
「やっぱり?」
「あなたはどんな時でも私に挨拶をしてくれた。辛かった時もあっただろうな。でも、挨拶を欠かさなかった。ずっと思ってた。この子は大丈夫って」
あれから10年以上が経った。その予備校は、もう無くなってしまった。当時の建物は取り壊されてしまい、跡地にはマンションが建った。あの警備員さんたちが今どうしているか、知る由もない。でも、願わくば、どこかで警備員を続けていれば、これほど嬉しいことはない。そして、挨拶するって素敵なんだよ、ということを、伝え続けて欲しい。そう、願う。
カウンセリングをしてくれた警備員さん
2018年。僕は人生の岐路に立っていた。3月31日に、大学卒業後に入社した中堅メーカーを退職。たったの2年間の勤務だった。そして4月から、学生一本の生活へと戻った。今度は通信制の大学。そこで教員免許取得のために勉強し、教師を目指す。人生の新たな目標に邁進する日々が始まった。

学生に戻ったことにより、当然収入は途絶えた。都立高校でTAのアルバイトを始めたが、やはりサラリーマン時代の収入にはかなわない。貯金を切り崩す生活だった。焦燥感が僕を襲った。今年、何としてでも教員採用試験に合格しなければ。アルバイトと大学の時間以外は、図書館に通い詰めた。その図書館の入り口に、いたのである。そう、その後、僕が仲良くなる警備員さんが。
その方は、後にお名前をお聞きするチャンスがあったので、イニシャルを記しておく。Kさんだ。Kさんは、週に2日か3日ほど図書館で働いているようだった。他のどの警備員さんよりも小柄で、それでも立ち姿は一番様になっていた。
高校時代の予備校の一件で、挨拶をすることがすっかり習慣になっていた。前の会社では挨拶をしすぎて逆に叱られていたくらいだ。当然、図書館に入る時も、挨拶をしていた。そしてある日、帰ろうとする僕に声をかけてくれたのがKさんだった。
「毎日遅くまで勉強してんなぁ」
Kさんがそう言ってくれた時、僕の心のダムが崩れた。当時、僕は孤独の最前線をつま先立ちしながら歩いているような状態だった。前の会社の寮を出て、狭いアパートに引っ越したばかり。周りに知り合いなどいなかった。そして、当時26歳だった僕の友人に、転職をした奴など皆無だった。みんな、一流企業、もしくは官公庁でバリバリ働いていた(いるように見えた)。なので、会社を辞め、半ばフリーターのような生活を送っていた僕は、コンプレックスにまみれていた。教員採用試験に受かるまで、誰とも連絡なんかとるもんか。そう意固地になり、無理やり孤独を伴侶に従えているような状態だった。だから、Kさんと話をした時に、その意固地さがバリバリと剥がれ落ちている感じがした。ポロポロこぼれるクッキーのかけらのように。僕は気づいたら、Kさんと長い間話し込んでしまっていた。
それから、図書館でKさんのことを見かけるたびに、安心した気持ちになった。当時僕が住んでいた地域は、お世辞にも治安が良いエリアとは言い難かった。きっと、図書館内でもトラブルがあったのだろう、警備員さんが頻繁に見回りをしていた。教員採用試験の過去問にかじりついていた僕は、Kさんの後ろ姿を見かけると、さらに奮起して勉強に励んだのだった。
教員採用試験の、1次試験前日の夜。たまたまKさんの勤務日に当たっていた。
「そうか、いよいよ明日か」
「はい、いやー、緊張するな」
「きっと大丈夫だよ。あんなに頑張ってたんだから。受かったら報告してな」
僕は心強い味方を得た気持ちになった。
しかし、それから、僕の足は図書館からすっかり遠のいてしまった。教員採用試験の1次試験は筆記試験。当然、机に向かって勉強をする時間がほとんどになる。しかし、2次試験は面接。1人で机でやるようなものではない。僕は、大学の仲間やSNSを通じて知り合った教員志望者たちと一緒に、施設の会議室等で活動をするようになった。それでも、図書館には、たまに顔を出すようにした。しかし、タイミングが合わなかったのか、Kさんの姿を見ることはできなかった。
その後、図書館からさらに足が遠のく出来事が起こった。僕に彼女ができたのだ。人生初の彼女だ。僕は浮かれていた。平日はアルバイト。休日は彼女とデート。図書館は、僕の人生のプライオリティリストから外れてしまった。それでも、なんとか時間を作って、Kさんを探しに来た。秋が終わり冬が来ても、Kさんに会うことはできなかった。
月日は流れ、2019年3月。僕は久しぶりに図書館へと足を運んだ。そして、そこでKさんと再会した。
「おう、久しぶりだなぁ」
「Kさん」
僕はどんな顔をしていたのだろうか。Kさんは、図書館を辞めてしまったのかと思っていた。
「いやぁ、入院しててよ」
「お身体、大丈夫ですか」
「あぁ、なんとかな。元気な身体ありゃ、人生どうとでもなるって気づいたよ」
人生、どうとでもなる。今の僕も、どうとでもなりますかね。僕はKさんに聞いた。Kさんは、心配そうに僕を見つめた。
「試験……ダメだったんかい」
そういえば報告をしていなかった。
「あの、真っ先に言わなくてすみません。受かりました、教員採用試験。都立高校への配属も決まりました」
「おぉ、すごいじゃないか」
Kさんは笑顔で祝福してくれた。
「でも……」
「ん?」
「彼女に振られちゃいました」
「あちゃー」
Kさんの笑顔がもっと笑顔になった。その後、久しぶりに、Kさんに話を聞いてもらった。
あれから6年が過ぎた。教員生活は充実していて、彼女のことはいつの間にか忘れていた。思ったよりもずっと忙しく、平日の帰宅は21時ごろ、土日も部活で出勤することが多かった。たまに図書館に行って、運が良ければKさんと会える……その程度だった。そして、ついに、僕は引っ越しをした。お世辞にも治安が良いと言えない、でも居心地も良い、そんなエリアだった。大好きだった。でも、勤務地の関係もあり、引っ越すことに決めた。
Kさんは今でもあの図書館に勤めているのだろうか。わからない。引っ越しを決めた随分前から、Kさんとは会えていなかったから。でも、それで良いんだ。きっと、Kさんに「引っ越します」なんて言ったら、冗談でも言いながら僕を引き止めるだろう。そして、僕はますます引っ越しづらくなる。それは避けたかった。
今、Kさんと会えたら何を話すだろう。男勝りだったKさんに、僕は何を相談するだろう。女手一つで子供を育てたエピソードの続きも聞きたいな。

この記事を書いた人

あだむ
2年間のサラリーマン生活を経て、高校教師として働いています。専門科目は英語。今年は特別支援学校で経験を積んでいます。
小説・短歌・散歩・献血が大好き。献血ルーム全国制覇を密かに目指しています。東京ヤクルトスワローズ優勝祈願中。

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