落ちこぼれルーティーン|文・種山颯太

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怠惰の逡巡


日雇いバイトに出向く日の流れはいつも殆ど同じだ。

七時頃、アラームの無機質な音に叩き起こされるが、平生の癖でそのまま二度寝をしようとしてしまい、カンガルーの赤ちゃんよろしく布団にもう一度くるまる。

が、真っ暗な布団の中で今日は日雇いバイトの出勤日であることを思い出し、急いで布団から顔だけを出す。

そのまま起き上がって顔を洗い、さっさと着替えて家を出ればいいのだが、そうはいかない。

お得意の当日欠勤を敢行してしまおうか、という悪魔の囁きが脳内でこだまするのだ。

一度(ひとたび)それを敢行すれば登録している派遣会社からペナルティをくらい、一定以上繰り返すと仕事自体の紹介をしてもらえなくなる。

実際に自分も何社かは事実上の出禁になっているのだが、そんなことはどうでもよくなってしまうぐらいの眠気と憂鬱が私を襲う。

しかし、これ以上干されてしまっては自分が困るし、なにより自身の手元不如意を思うと、どうでも今日は予定通り出勤しなければだめだ、と思い直し、渋々支度を始めるのである。

家を出て現場へ向かう電車に乗ると、車内にはサラリーマンだけではなく、学生も大勢乗っている。

友人と話しながら溌剌とした様子で吊り革に掴まっている学生たちを見ると、やけに年老いた気持ちになる。

数年前まで自分もあっち側だった。

一緒に登校するような友人はいなかったが、同じような時間帯に同じように電車に乗り、普通に授業を受け、普通に部活動に取組み、普通に帰宅していた。

それなのに、どうして今はこんなことになってしまったのか。

数年前は当たり前に起きていた時間に起きるのがどうして今はここまでしんどいのか。

車内を見渡せば、自分と同い年ぐらいの人間がスーツを纏って通勤している。

それを見て、同級生が当たり前に戦っている社会というステージから早くも脱落してしまった自分が情けなくなるというのも、いつもと同じ流れだ。

感情を討つ

仕事内容は日によって、というか行く現場によって変わるが、基本的には一度説明されれば誰でもできるような単純作業か肉体労働である。

この日はスーパーマーケットで販売する精肉の仕分けであった。

責任者から五分程業務の説明を受け、そこからはひたすらベーコンだの生肉だのが大量に入った番重を積み替えていく。まるで機械のように、精肉のアップダウンを淡々と繰り返す。

作業の意味とかやりがいとか、そんなことは決して考えてはいけない。

日雇いバイトのような単純作業で一番大切なのは、心と感情を徹底的に殺すことだからだ。

無心で作業を続けること四時間。朝に作業の説明をしてくれた社員が私に近寄り、

「派遣さん、休憩行って」とぶっきらぼうに指示をしてくる。日雇いバイトでは、基本的にどの現場でも自分の名前を呼ばれることはない。ここでの私の名前は「派遣さん」である。

休憩時間中も、当然誰とも話さない。

休憩室に入った瞬間にノイズキャンセリング機能のついたイヤホンを耳に装着して、外界の雑音を完全にシャットダウンする。

お金がもったいないので昼食は食べず、昼食代りに家から持参した西村賢太先生の小説をひたすら読み耽る。

そうこうしている内にあっという間に一時間が経過し、現場に戻って午前中と全く同じ作業をまた四時間繰り返す。

退勤時間までのカウントダウンが始まるという点では午後の方が楽だが、午前中と同じ作業を同じ時間繰り返すと考えた時の気の沈みようはなまなかのものではないので、結局午前も午後も地獄には変わりない。

終業時間になった瞬間にタイムカードを切り、ろくに挨拶もせず、他の従業員に軽く会釈だけをして現場を後にするのも、これまたいつもの流れだ。

劣等感までのインターバル

日雇いバイトで行くような現場は大抵駅から離れているのだが、余程遠くない限り自分は行きも帰りも徒歩を選択している。バス代が勿体ないというのも当然あるが、イヤホンで好きな曲を聴きながら駅へと歩く時間が案外好きなのである。

憂鬱を抱え込んだ往路とは打って変わって、帰りは解放感と向日的な気持ちで満たされる。

八時間も精肉工場で働けば当然衣服にも血生臭さは染み付いており、本来ならこんな匂いには不快感しか抱かない。しかし、労働を終えた後はこれすら一種の勲章のように感じるのだ。

何はともあれ、今日で一万円弱は稼ぐことができた。これでまだ持っていない小説を一冊は買うことができる。

そう考えるとつい頬が緩んでしまい、無断欠勤という悪魔の囁きを無視して出勤した自分を心から讃えたくなってくる。

そして、この時だけは日々自分を蝕み続ける劣等感や敗北感さえも雲散霧消し、胸の中には自信と全能感だけが漲る。

結局、今やれることをやっていくしかないのだ。

確かに、自分は落ちこぼれかもしれない。

周りの同級生は社会人になり、自分の力で生活し、中には結婚して家庭を築いている人間もいる。

そんな中私は仕事がろくに続かず、アルバイトさえすぐに辞め、人に迷惑をかけ続け、未だに血生臭い工場で日雇いバイトなんてしている。

しかし、それがどうしたと云うのだ。

どうせ落ちこぼれなら、落ちこぼれのままどこまで行けるかを試してみるより他はない。

どうせ遠回りをし続ける運命なら、せめて景色を堪能しながらだらだらと歩き続けるより他はない。

出来ないことを数え、欠点を探し出し、他人の居場所を羨んだところで何も得はない。

自分の現在地を認め、その場所を肯定するところから前進が始まるのだ。

と、駅までの数十分の帰り道だけは甚だ強気になり、家に帰れば再び劣等感と憂鬱に苛まれる、というまでが落ちこぼれのいつもの流れだ。

冒頭に記したように、やはり日雇いバイトに出向く日の流れはいつも殆ど同じようである。

写真:Yuta Minami

この記事を書いた人

種山颯太

2002年1月29日生まれ。職業不詳。自称西村賢太愛好家。毎週土曜note更新中↓

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